2025/07/12

 西条みつとしさん主宰
  TAIYO MAGIC FILM
  新作「タイムマシン・ファミリー」 東京・目黒で上演 7月13日まで

芸人から脚本家に転身した西条みつとしさんが主宰する「TAIYO MAGIC FILM(タイヨウマジックフィルム)」の新作「タイムマシン・ファミリー」が東京都目黒区のウッディシアター中目黒で上演されている。
 タイムマシンで2025年の現在から、2013年に戻った夫婦を中心にストーリーが展開する。夫婦が見たのは、未来への道を模索する、若かったころの自分たちの姿だ。その時には分からなかった親の気持ちを知り、それぞれの家族の事情が浮かび上がる――。
 西条さんは、吉本総合芸能学院を経て芸人のAMEMIYAさんとお笑いコンビ「ノンストップバス」を組んで19歳でデビュー。コンビ解消後に演劇の世界に足を踏み入れ、12年に劇団を旗揚げした。
 新型コロナウイルス禍などの影響で公演を休止していたが、クラウドファンディングなどで資金を集め、6年ぶりの新作公演となった。「作品を産むことは新しい子どもができること。この子どもがどう育っていくか楽しみです」と西条さんは言う。
 13日まで。詳細は「TAIYO MAGIC FILM」のホームページ。(明珍美紀)




「タイムマシン・ファミリー」の出演者ら=東京都目黒区で、明珍美紀撮影




2025/07/11

 5人の演劇人らが語る
 戦争についての「小さな話」
      7月12日 東京・吉祥寺で

 「8・15 戦争についての小さな話」と題する語りの会が7月12日、武蔵野市吉祥寺南町2の「gallery shell(ギャラリー・シェル)102」で開かれる。舞台俳優の谷田川さほさん(79)ら5人の演劇人らが、戦争にまつわる出来事や思い出などについて話す。
 劇団銅鑼(どら)(東京都板橋区)に所属する谷田川さんは、敗戦後の1946年、中国で生まれた。「父は中国に設立された華北交通という国策の鉄道会社に就職した後、結婚し、母を呼び寄せた」。長女である姉が生まれたが、戦争末期に父は召集されて中国の戦地へ。終戦で一家は再会できたものの、すぐには引き揚げることができず、天津の収容所に送られ、抑留中に谷田川さんが生まれた。一家が引き揚げ船で博多港に着いたのは1946年5月のこと。だが、その中に姉の姿はなかった。「姉は収容所にいたとき、栄養失調になり、1年7カ月の短い生涯を閉じた」という。
親子3人は戦後、東京で暮らした。だが、谷田川さんが小学生の時、自宅が火事に遭い、戦争に関する書類はすべて焼失した。敗戦時のことを知りたいと思っても、両親はすでにこの世にいない。昨秋、谷田川さんが厚生労働省に問い合わせたところ、引き揚げ者の在外事実調査票に一家の記録が残っていたことが分かり、そのコピーを受け取った。父の筆跡で、引き揚げの日時など、いままで自分が知らなかったことが記載されていた。「これが私の物語」と谷田川さん。「私がいま、表現者として舞台に立っているのも、根底には平和への思いがある」と言う。
 「戦争についての小さな話」は舞台俳優の石井くに子さんが企画し今夏で3回目。当日は、谷田川さん、石井さんのほか、服部吉次(よしつぐ)さん、渡辺修さん、安藤繭子さんが出演する。
 午後2時と同6時の2回公演。入場料は1000円とワンドリンク代。問い合わせや出張公演の依頼はメールでハット企画(office_b_t@yahoo.co.jp)へ。(明珍美紀)



出演する(左から)服部吉次さん、谷田川さほさん、石井くに子さん、渡辺修さん、安藤繭子さん=東京都内で、明珍美紀撮影




2025/07/06

 永六輔さんの命日に追悼ライブ
    コメディー作家、オオタスセリさんが企画

 「繋(つな)げ! 永六輔スピリット!」――。
  放送作家、タレント、エッセーストなど多彩な「顔」を持ち、2016年7月にこの世を去った永六輔さん(享年83)の追悼ライブが命日の7日、東京・下北沢の小劇場楽園で開かれる。永さんのお気に入りだった、渋谷の公演通りに面した小劇場「ジァン・ジァン」の雰囲気を知る有志による歌やトーク、パフォーマンスのバラエティーライブだ。
 コメディー作家でシンガー・ソングライターのオオタスセリさんが企画した。オオタさんは永さんに師事し、自身もジァン・ジァンに出演していた一人。ジァン・ジァンが2000年に閉店して以後は下北沢に拠点を移し、「ひとりコント」の活動を始めた。
 当日は、昼の部(午後1時開演)が永さんの追悼ライブ。歌手の小室等さんやパントマイマーの山本光洋さん、俳優の松島トモ子さんらが出演し、オオタさんが進行役を務める。
 夜の部(午後7時半開演)は、オオタさんがひとりコントを披露する。「新型コロナウイルス禍の影響で舞台の演出やプロデュースに奔走していた。恩師、永さんの命日に気を引き締めて原点のライブを再開する」という。(明珍美紀)



永六輔さんの追悼ライブを企画したオオタスセリさん=東京都内で 明珍美紀撮影




2025/07/01

 「流山児★事務所」が創立40周年記念
   平田俊子さんの新作戯曲「夜の左側」上演

 演出家、俳優の流山児祥さん(77)が主宰する劇団「流山児(りゅうざんじ)★事務所」が今年で創立40周年を迎え、記念の舞台「夜の左側」が、東京都新宿区早稲田町の「Space早稲田」で上演されている。
 詩人の平田俊子さん(70)が同劇団のために書いた戯曲で、木造の古いアパートで生活する「住人」と、「隣人」、「客人」の男性3人となぞの「女人」による会話劇。それぞれが複雑な事情を背負い、「人間は死ぬときは一人だ」など孤独をかみしめながらも、人とつながろうとする姿が描かれる。
 現代社会を鋭いまなざしで見つめる平田さんは、詩集「戯れ言の自由」で「第26回紫式部文学賞」を受賞(2016)した。劇作家としては1996年に初の戯曲「ガム兄さん」を発表し、以後も舞台の脚本などを手がけている。
 アンダーグラウンド(アングラ)演劇を追求する流山児さんは「平田さんの作品には欲望や生と死、社会の不条理がつまっている。それがアングラ演劇の原点ではないかと思う」と言う。流山児さん自らも客人を演じている。
 7月2日まで。なお、7月14~21日は「ガム兄さん」の改訂版を同劇場で上演。詳細は流山児★事務所のホームページ。(明珍美紀)



「夜の左側」の1場面=東京都新宿区で 明珍美紀撮影




2025/06/27

 「熱海五郎一座」が新橋演舞場で公演
  6月27日まで

 俳優、タレントの三宅裕司さん(74)が座長を務める演劇ユニット「熱海五郎一座」の公演「黄昏のリストランテ~復讐はラストオーダーのあとで~」が東京都中央区銀座6の新橋演舞場で上演されている。高級イタリアンレストランを舞台にした物語。コメ問題など現在の食の事情も織り交ぜた「東京喜劇」だ。
 三宅さんがレストランの給仕長を演じ、ゲスト出演している俳優の羽田美智子さんが副料理長、剛力彩芽さんが農林水産省の役人にふんし、食を巡る登場人物たちのドラマを描いている。
 熱海五郎一座は、「東京の笑いを届けよう」と2006年に活動をスタートした。前身は「浅草の喜劇の継承を」と俳優の伊東四朗さんと三宅さんらが04年に旗揚げした「伊東四朗一座」で、渡辺正行さんやラサール石井さん、小倉久寛さんら当時からのメンバーを中心に、年1回のペースで、「軽演劇」を上演。14年からは新橋演舞場に”進出”し、伝統ある演舞場が笑いの渦に包まれている。
 開幕前の会見で三宅さんは、「多くの方々に熱海五郎一座は続いていることを伝えたいと思っています。昨年を超える作品を創りましたのでぜひたくさんのお客さんに観ていただきたいです」と話していた。27日まで。詳細は松竹のホームページ。(明珍美紀)



「黄昏のリストランテ」の1場面 明珍美紀撮影




2025/05/03

 アートから感じる9条と24条
 日本国憲法展  東京都立川市で開催

 「憲法とアート」をテーマにした「日本国憲法展 feat.黒木コレクション」が東京都立川市錦町4の旧司法書士事務所で開催中だ。アートコレクターの黒木健一さん(56)=会社役員=が、自身のコレクションの中から、憲法9条と24条に親和性を感じた立体作品や写真、映像など9作品を選んで紹介している。
 床の上に大量の1円玉が無造作に積まれたオブジェ。現代美術家の橋本聡さんの作品だ。現在のアルミ硬貨の1円玉が誕生した1955年にベトナム戦争が始まった。黒木さんは、「戦場で命を失った兵士たちの墓標をイメージした」という。
 チューインガムのそばに、きちんと折りたたんだものと、くしゃくしゃにした2通りの包み紙。沖縄出身のアーティスト、ミヤギフトシさんの写真アートで、「性的マイノリティー(少数者)のミヤギさんは、自身のセクシュアリティーと沖縄の社会的、政治的な問題を、作品を通じて表現している」と黒木さんは説明する。「この作品にあるくしゃくしゃの包み紙は、父との距離感を表したのではないか」
 9条は戦争の放棄。24条は、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立する」などと定め、個人の尊厳と両性の本質的平等をうたっている。
 日本国憲法展は2019年刊行の「日本国憲法」(TAC出版)から着想を得たもので、今回で3回目。同書は、グラフィックデザイナーの松本弦人さんが編集とデザインを担当し、憲法の条文に照らし合わせながら選んだ美術作品を収録した。ヒントになったのは、小学館の編集者だった島本脩二さんが担当した「日本国憲法」(1982年刊)だ。
 5月5日まで。詳細は日本国憲法展のホームページ。(明珍美紀)



書籍「日本国憲法」を手にする黒木健一さん。手前は橋本聡さんの作品=東京都立川市で、明珍美紀撮影




2025/04/23

舞台「法王庁の避妊法」 
 東京芸術座がアトリエ公演 4月27日まで

 劇団「東京芸術座」の舞台「法王庁の避妊法」が東京都練馬区下石神井4の同劇団のアトリエで4月27日まで上演されている。「自然に逆らわない避妊法」で知られる「オギノ式」を確立した産婦人科医、荻野久作(1882~1975年)と、家父長制の時代に生きた女性たちに視点を置いた物語だ。
 愛知県出身で、新潟市の病院に就任した荻野医師は、「女性はいつ受胎するのか」という「謎」の解明に取り組んだ。診察室で女性たちの声に耳を傾けながら症例を集め、排卵日を推定して妊娠しやすい日を割り出す、画期的な方法を見つけて世界の医学界に衝撃を与えた。舞台では、「オギノ式」が誕生するまでをたどり、「子どもはまだか」と義父母に後継ぎを”催促”されて思い悩むなど、当時の女性たちの様子も描いている。
 原作は、医師で作家の篠田達明さんの著書。劇作家の飯島早苗さん、鈴木裕美さんが94年に戯曲を完成させ、「自転車キンクリート」(当時)が初演した。以後、各地の劇団によって舞台化されている。今回は東京芸術座の劇団員、安田カオルさんが、初めて芝居の演出をするにあたり、この作品を選んだ。
 体外受精など生殖に関する技術が進化するなかで、同作は「自分の体のことは自分が決める」という選択の自由や、「リプロダクティブ・ライツ」(性と生殖に関する権利)の問題について、改めて考えるきっかけになる。(明珍美紀)



「法王庁の避妊法」の1場面=東京都練馬区で、明珍美紀撮影




2025/04/11

劇団黒テントの新作「軍服の似合うバートルビー」
   東京・下北沢の小劇場楽園で 4月13日まで

 今夏、戦後80年を迎えるのを前に、劇団黒テントの新作「軍服の似合うバートルビー」が東京・下北沢の小劇場楽園で上演されている。戦場の兵士に手紙を届ける郵便配達の女性と兵士らによる会話劇。兵士の一人を演じる舞台俳優の服部吉次さん(80)は、「戦争の体験を語ってくれる人々が減っていくなかで、われわれ演劇人も戦争演劇をつくり続けることが大切」と語る。
 劇団黒テントは演出家の佐藤信(まこと)さん(81)ら有志が1970年、黒い大型のテント劇場で公演したのが始まり。日本のアンダーグラウンド(アングラ)演劇を支えてきた劇団の一つだ。創設に参加した服部さんは、作曲家の服部良一さんの次男で、小学生のとき、故ジャニー喜多川氏の性被害に遭い、元ジュニアの男性たちが声を上げたことに背中を押され、2023年7月に自らの被害を証言した。演劇界に身を置くようになったのは、「これまでの芸能界とは異なる世界をつくろう」との思いがあったという。
 舞台では、郵便局に勤めるバートルビーが戦地の郵便配達人になるところから物語が展開する。銃弾が飛び交うなか、はいつくばって手紙を配るバートルビーに、兵士たちは「僕の親しい人たちは、僕が今、こんなことをしでかしているとは夢にも思っていない」などと青ざめた表情を見せ、女性兵士は「銃弾に塗られるより、よっぽど幸福でしょう」と言い、赤い口紅を投げてよこした。
 作者で演出を手がけた坂口瑞穂さん(51)は「国も時代も特定せず、戦争というものを寓話(ぐうわ)的に描いた。自分たちの日常の延長線上に戦争があるのではないか」と話す。
 4月13日まで。詳細は黒テントのホームページ。(明珍美紀)



「軍服の似合うバートルビー」に出演するバートルビー役の岡薫さん(左)と兵士役の服部吉次さん=東京都世田谷区で




2025/03/24

「ホモ・ルーデンス」上演
  東京・新宿の青年劇場スタジオ結で
            3月27日まで

元福島県立高の教諭で劇作家の佐藤茂紀さんの戯曲「ホモ・ルーデンス-The players」が東京・新宿の青年劇場スタジオ結(YUI)で上演されている=写真・成毛章浩さん撮影。震災で被災した地方の町を舞台にした物語だ。
 未曽有の被害をもたらした震災から5年。財政難の影響で町の公民館の閉鎖が決まった。「市民が集まる場を失いたくない」。かつて高校の演劇部で活動していた若者が、震災で上演できなかった作品を「公民館でやろう」と元部員たちに呼びかける。作品のタイトルは「ホモ・ルーデンス」で、その意味は「遊ぶ人」。震災で犠牲になった仲間の一人が残した脚本だった――。
 福島県の演劇人らによる「劇団ユニット・ラビッツ」を主宰する佐藤さんは、2023年まで同県の高校の演劇部の顧問として高校生らと舞台をつくってきた。
 今作は戦後の日本の新劇をけん引した秋田雨雀、土方与志の両氏の名を冠する劇団「青年劇場」の創立60周年の記念公演の一つとして企画された。
 27日まで。詳細は青年劇場のホームページ。【明珍美紀】






2025/01/03

国会前で無言の意志表示
 作家の澤地久枝さんら250人
「戦争をしてはいけない。この一念です」

東京・永田町の国会議事堂正門前で1月3日、作家の澤地久枝さん(94)ら約250人が「無言のスタンディング」を行った。軍事、防衛の拡張を打ち出す現政権への抗議の意志表示。澤地さんは「NO!WAR」のプラカードを手にしながら、鋭いまなざしを国会議事堂に向けていた。
「アベ政治を許さない」。こんなスローガンを掲げた澤地さんが、国会前の歩道に立ったのは2015年7月18日。安倍政権が強行しようとしていた安全保障関連法案に異議を唱えて立ち上がった。成立すれば、集団的自衛権の行使が可能になるなど、戦後日本の安全保障政策の根本を揺るがす重大な局面。ジャーナリストの鳥越俊太郎さん、作家の落合恵子さんらが賛同し、5000人(主催者発表)以上が国会前に駆けつけた。
澤地さんの呼びかけは、全国一斉の行動だった。このスローガンを俳人、金子兜太(18年2月、98歳で他界)さんが揮毫(きごう)してインターネットのサイトに掲載。当日はメイン会場の国会前をはじめ、各会場で有志が「アベ政治を許さない」と記された大判の紙を掲げた。反響は大きく、4カ月後の11月3日の文化の日に再開され、以後、毎月3日、国会前での行動が続いている。
「2025年。戦後80年の年始めはどんな思いで国会前に立ちましたか」。国会前でのスタンディングを終えた澤地さんは、記者の問いかけに「戦争をしてはいけない。この一念です」と答えた。その後のミニ集会では、「(新春は)私たちが自分たちの手でお酒をつぎたい。日本の政治というものは混迷を極めていてこのままではろくな方向に行きません。せめて自分の意思というものをどこかにはっきりさせたい」と話した。
一方、日米安全保障条約の廃止などを唱える市民グループ「アンポをつぶせ!ちょうちんデモの会」は元日、東京都武蔵野市吉祥寺の繁華街などで通算889回目のデモ行進をした。
デモはベトナム戦争中の1967年7月15日、数学者でもある社会運動家、もののべながおき(物部長興)さんの提唱でスタート。当初は「ベトナム反戦」を訴えて月2回実施していたが、戦争終結(75年4月)後は、毎月15日と元日に行っている。もののべさんは96年に亡くなったが、現在は元私立高校教師の川手晴雄さんらが継続している。
能登半島地震の被災地復興など、困難な課題が山積しているなかで迎えた正月。澤地さんが言うように、市民が主体的に行動することが必要だ。【明珍美紀】


「NO!WAR」のプラカードを手にする澤地久枝さん(中央)=明珍美紀撮影




2024/11/29

舞台「冥王星の使者」 東京・新宿で上演
  劇作家の高取英さんの作品がよみがえる

 劇団「流山児(りゅうざんじ)★事務所」の舞台「冥王星の使者」が東京・新宿の「新宿スターフィールド」で上演されている。太平洋戦争の開戦前夜、ある宗教団体が弾圧された事件に義経伝説を絡ませた奇想天外な物語だ。
 アマテラスに奪われた地上の統治権を取り戻そうとする宗教団体が「不敬罪」で弾圧された。京都の下宿で、平安末期から鎌倉初期にかけての武将、源義経の恋人といわれた静御前の夢を見ていた学生の高橋は、いつの間にかこの教団の世話をすることに。そして教団は国家権力との全面戦争へと向かっていく――。
 作者は劇作家、演出家の高取英さん(1952~2018年)。詩人、劇作家の寺山修司の演劇実験室「天井桟敷」の活動に関わり、83年の寺山の他界後は、「暗黒の宝塚」とも称された「月蝕(げっしょく)歌劇団」を旗揚げした。「冥王星の使者」は、作家の故高橋和巳さんの代表作の一つで戦前から戦中にかけての宗教団体への弾圧を描いた「邪宗門」に着想を得た。流山児★事務所の前身の「演劇団」の解散公演(84年)のために創作したという。
 今回は、流山児★事務所の創設40周年記念として、再び舞台によみがえった。同劇団代表で高取さんと親交を深めた流山児祥さん(77)は「時間とは、歴史とは、宇宙とは、人間とは何か。小劇場の中で小宇宙を体感できる」という。12月1日まで。詳細は流山児★事務所のホームページ。【明珍美紀】


「冥王星の使者」の1場面=横田敦史さん撮影




2024/11/23

劇団未成年
「死神からの贈り物」東京・築地で
  青春時代にタイムトリップ

 俳優の水島涼太さん(73)率いる劇団未成年の新作「死神からの贈り物」が東京都中央区築地3の築地本願寺ブディストホールで上演されている。シニアの男性が青春時代にタイムトリップするファンタジーだ。
 貧乏神にとりつかれたはずが、手違いで死神によって「黄泉(よみ)の国」に送られてしまったジュンタローが主人公。「そのおわびに」と、自分が一番輝いていた青春時代に戻してもらい、当時、思いを寄せていた女性に、伝えることができなかった言葉を口にする――。
 「戦争を知らない世代だった僕らがシニア世代になった。物質的には豊かになったが、それは本当の幸せなのか。かつて自分の中にあった感性を取り戻そう。そんな思いをこの作品に込めた」と水島さんは話す。
 水島さんは1978年、NHKの銀河テレビ小説「ふるさとシリーズ2上野駅周辺」(山田太一さん作)で主演デビュー。以来、数々のドラマや映画に出演してきた。2007年には有志と同劇団を旗揚げし、家族や老いの問題などをテーマに上演を重ねる。今回の舞台では自らジュンタローを演じ、俳優の水沢有美さんが死神役で客演している。
 11月24日まで。詳細は劇団未成年のホームページ。【明珍美紀】


「死神からの贈り物」の1場面。水島涼太さん(左)が主人公のジュンタローを演じ、俳優の水沢有美さん(中央)が死神役で客演=東京都中央区で




2024/10/04

童話作家の山崎陽子さん主宰
 「朗読ミュージカル」 東京で公演

 宝塚歌劇団出身で童話作家の山崎陽子さん(88)が脚本などを手がける「朗読ミュージカル」の公演が10月2日、東京の内幸町ホールで行われ、声楽家の森田克子さんや箏曲家の澤村祐司さんらが出演した。
 森田さんが上演した「ひとりも愉(たの)し」は、一人暮らしの琴子が主人公。40歳で夫を亡くして家族のために必死で生きてきたが、2人の子どもは独立し、孫も生まれた。「今日からは母でもバァバでもなく1人の女として生きていく」。80歳を迎えた日にこう宣言した琴子の快活な姿を歌や語りで表現した。
 当日は、朗読と箏で紡ぐ物語として「葉桜のころ」も披露された。太宰治の「葉桜と魔笛」をもとに山崎さんが脚色。デパートのエレベーターガールの牧子が、絶え間なく乗り降りする人々とのつかの間の出会いを描いた作品だ。森田さんの朗読に、箏曲家の澤村祐司さんによる演奏を合わせ、しっとりとした箏の音色が響いた。全盲の澤村さんは東京芸術大大学院で邦楽を修め、伝統的な古典曲(地唄)の演奏をはじめ、作編曲に取り組んでいる。
 朗読ミュージカルは、文学と音楽、演劇を融合させた舞台で、山崎さんが1990年から続けている。詳細はオフィス・ディーバのホームページ。(明珍美紀)


宝塚歌劇団出身で童話作家の山崎陽子さん(88)が脚本などを手がける「朗読ミュージカル」の公演が10月2日、東京の内幸町ホールで行われ、声楽家の森田克子さん=写真左=や箏曲家の澤村祐司さん=同右=らが出演した。




2024/08/28

人形遣い、俳優のネヴィル・トランターさん
東京のプーク人形劇場で連続講座

 何体もの人形を使い分けるなど卓越した技術で知られるネヴィル・トランターさん(68)=オランダ在住=による人形劇の講座が東京都渋谷区代々木2のプーク人形劇場で開かれている=写真。人形と共に世界各地で公演してきたトランターさんはこの夏、人形遣いとしては最後の舞台を東京で披露し、その締めくくりとして同講座で、自身の経験や技を伝えている。
 オーストラリア出身のトランターさんは大学で演劇を学んだ際、人形劇と出合い、有志と小さな人形劇団を設立した。オランダの演劇祭で見た大人向けの人形劇に魅了され、1978年に同国に移住した。複数の人形を自在に操りながら、自身も俳優として出演する。脚本や演出も手がけ、風刺とユーモアにあふれる独自の舞台を追求してきた。だが、ひざを痛めたこともあり、今年のジャパンツアーを「ラストステージにする」と決意した。上演した「ユビュ王」は1896年に初演された戯曲が原作で、「絶対的な権力」を求めるユビュとそれを取り巻く人々の物語。フランスで初演後、オランダなどを経て日本へ。プーク人形劇場での公演(8月22~25日)が最後となった。
 「人形のPOWER(パワー)」と題する講座では、舞台における人形と人間の役割や演劇空間の使い方などについて解説し、人形を使った演習もある。トランターさんは「人形たちはわれわれ人間の内面を上手に演じてくれる。人形だからこそ伝わるものがある」と語り、今後は演出や後進の育成に力を入れるという。講座は8月30日まで。問い合わせはプーク人形劇場(03・3379・0234)。【明珍美紀】




2024/06/17

辛淑玉さんが東京・新宿の高麗博物館で講演
「ニュース女子」訴訟を振り返る

 人材コンサルタントの辛淑玉(シン・スゴ)さんによる講演会が今月、東京都新宿区の高麗博物館で行われた=写真。タイトルは「『下心のレイシズム』に抗う」。東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)の番組での発言をめぐり、制作会社の旧DHCテレビジョン(現虎ノ門テレビ)などを相手取り提訴した「ニュース女子」訴訟で昨春、勝訴が確定した辛さん。講演では5年余に及ぶ裁判闘争を振り返り、「黙っていたら人種差別的な番組を認めることになる。この社会で声を上げるには闘うしかなかった」と語った。
 問題となった番組は2017年1月2日に放送された。沖縄県の米軍ヘリパッド建設反対運動の現地リポートを放映した後、司会者は、辛さんが共同代表を務める「のりこえねっと」(正式名称は「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」)が「参加者に日当を払っている」などと根拠のない発言をした。
 「私がランドマークになったのは(デマの内容が)地上波で放送されたから」と辛さんは分析する。地上波に乗ると「テレビがお墨付きを与えた」となり、それを正しいと思い込む人が出てくるためだ。また、反戦の声を最も上げる「沖縄たたき」をするために「私がターゲットになった」とも話した。
放送倫理・番組向上機構(BPO)放送人権委員会が人権侵害を認定(18年3月)し、MXは謝罪(同7月)したが、制作会社や番組の司会者は認めようとしなかったため、やむなく提訴に踏み切った。ネット上の「暴力」をはじめ深刻なハラスメントに遭った辛さんは、一時期、ドイツに滞在するなど苦しい日々を過ごした。
 「記録に残すために裁判を闘った。これからは人々の記憶に残していくために、権力の暴走を抑えるために闘っていきたい」と辛さんは言い、「理解し合える人たちとつながり、その輪を広げていくことでしか社会は変わらない」と力を込めた。
高麗博物館では、2005年から在日コリアンによる連続講座を実施している。イベントなどの日程は同博物館のホームページで。(2024/06/17)




2024/05/05

ジャズ演奏家の外山喜雄さん 母校の高校生たちと初共演
 若い世代に「夢をあきらめないで」とエール

 トランペット奏者の外山喜雄さん(80)が4月29日、母校の早稲田大学高等学院(東京都練馬区)で吹奏楽部の部員と初共演した。「高3の時にデキシーバンドを組み、私のジャズ人生が本格的に始まった」と感無量の面持ちで語った。
 早大学院は今年で創立75年。この日はOBらが集まる「ホームカミングデー」で、外山さん率いる「外山喜雄とデキシーセインツ」が同窓会の総会に招かれ、講堂のステージで「A列車で行こう」などジャズの名曲を披露した。後半には吹奏楽部の部員が登場。高校生たちは初め緊張した様子だったが、外山さんが笑顔で話しかけて雰囲気をやわらげ、「セカンドライン」「聖者の行進」を一緒に演奏した。
 早稲田大に進学した外山さんは、同大のサークル「ニューオルリンズジャズクラブ」に入り、そこで妻恵子さんと出会った。卒業後、結婚した2人は1967年、移民船「ぶらじる丸」に乗って米国へ。外山さんの憧れのジャズメンで、「サッチモ」の愛称で知られるトランペット奏者、歌手のルイ・アームストロング(1901~71年)の故郷、ルイジアナ州ニューオリンズで武者修行するためだ。外山さんはトランペット、恵子さんはピアノとバンジョーの腕を磨き、帰国後の75年、デキシーセインツを結成した。東京ディズニーランド(千葉県浦安市)をはじめ、公演で各地をめぐる外山夫妻がニューオリンズを再訪したのは90年。「ジャズの聖地であるこの街で銃による暴力が増加していた」と外山さんは振り返る。「銃に代えて楽器を」と思い立ち、94年にルイ・アームストロング・ファウンデーション日本支部(現在の「日本ルイ・アームストロング協会」)を設立し、子どもたちに楽器を贈る活動を始めた。2018年にはニューオリンズの音楽祭で「スピリット・オブ・サッチモ・アワード生涯功労賞」に選ばれた。  夫妻は80代になったいまも、ジャズにどっぷりつかった生活だ。「若い世代に伝えたいのは夢をあきらめないこと」と力を込めた。【明珍美紀】
●児童書「ルイ・アームストロングのことばと人生」(外山喜雄・外山恵子監修)が4月にポプラ社から刊行。7月6日に東京で日本ルイ・アームストロング協会30周年記念パーティーが開かれる。
詳しくは同協会の公式ウエブサイトで。






2024/03/19

 「筒井康隆笑劇場」 東京で上演
  高平哲郎さんが企画、演出

 不条理やブラック・ユーモアなど、作家の筒井康隆さん(89)が描く世界観を舞台化した「筒井康隆笑劇場」が3月8~14日、東京都渋谷区のシアター・アルファ東京で上演された。
筒井さんと親交を重ねる劇作家、演出家の高平哲郎さん(77)が「笑いの実践集団」の第一弾として企画した。
 筒井さんの著書を長く愛読してきた高平さん。筒井さんが「ことば狩り」などに抗議して“断筆宣言”をした翌1994年、東京で「筒井康隆断筆祭」が開かれたときは、高平さんが演出を手がけ、ジャズピアニストの山下洋輔さんらが出演した。
 「自分たちと異なるものは排除するという風潮は、昭和の時代からまったく変わっていない」(高平さん)といい、筒井さんが皮肉や笑いをまぶして社会に突きつけたものを表現したのが今回の「笑劇場」と言える。第一弾では、「一について」「乗越駅の刑罰」「ヒノマル酒場」など、筒井さんの短編からナンセンスやパロディーなどの要素が強い6作品を選び、寸劇や朗読などで紡いだ。俳優の小堺一機さん、竹下景子さん、松田洋治さんらが出演し、「大人のエンターテインメント」を披露した。今後も「筒井ワールド」を題材に「笑いの実践集団」の活動を続ける予定だ。【明珍美紀】






2022/10/07

サルトルの戯曲
俳優のサヘル・ローズさんがヒロイン役

 仏の哲学者、ジャン=ポール・サルトルの戯曲を原作にした劇団「新宿梁山泊」の舞台「恭しき娼婦」が東京都中野区の「芝居砦・満天星」で上演中だ。イラン出身の俳優、サヘル・ローズさん=写真=が、女性蔑視や白人至上主義などの問題に視点を置いたこの作品を「私の物語」と受け止め、ヒロインを演じている。
 酒に酔った白人の男性が黒人を殺すところを目撃した女性が、街の有力者から正当防衛だとの偽証を求められた。舞台では、女性が書類にサインするまでの心理状態や、自らも差別を受けて苦悩する姿が描かれる。
 同劇団では2018年に続く再演。今回は、9月にポーランドのグダニスクで上演した後の特別公演だ。同劇団代表で在日韓国人の金守珍さんは「自由や尊厳の侵害の問題にサルトルが真っ向から向き合った。ロシア軍のウクライナ侵攻など、いまなお戦争や民族差別が起きている時代にこの作品のメッセージをアピールしたい」という。10月9日まで。






ウクライナの隣国、ハンガリーから一時帰国
オーボエ奏者、桑名一恵さん一家がチャリティー公演

ハンガリーとの国境付近のウクライナで、ロシアの侵攻により困難な生活が続く人々を支援しようと、ブダペスト在住のオーボエ奏者、桑名一恵さん一家によるチャリティーコンサートが8月9日、東京都立川市のスタジオ「LaLaLa」(ラララ)で開かれた。ハンガリーに接するウクライナ西部、トランスカルパチア地方はハンガリー人が多く住む地域だが、「ロシアの侵攻後は首都キーウ(キエフ)などから避難してきた人もいて、生活は困窮している」という。
 東京出身の桑名さんは、桐朋学園大管楽器嘱託演奏員などを経て2000年秋、20 代後半でハンガリーに拠点を移した。この夏は夫でハンガリー人のホルン奏者、 パラティヌス・フェレンツさん(45)と高校生の長男(18)を伴って一時帰国し、「日本人にも現状を伝えたい」と今回のチャリティー公演を思い立った。演奏には、ホルンを吹く長男も加わり、ハンガリーの名曲の数々を奏でた。「隣国の戦争に対し、例えば息子が通う高校では生徒たちが自主的に支援活動を始めた」と桑名さん。「自分にできることを考え、一歩踏み出すことが大事」と話した。コンサートの収益は、ハンガリーの「ヴァルダ文化伝統保存協会」に寄付する予定だ。(明珍美紀)





ランディ・バックマンさん
再会したグレッチで演奏
東京アメリカンクラブで

盗難の被害に遭ったギターが日本で見つかり、45年ぶりに「再会」したカナダのギタリスト、ランディ・バックマンさん(78)が7月2日、東京・麻布台の東京アメリカンクラブでライブ演奏を行った。探し求めていた米グレッチ社の1957年製のギター(6120チェット・アトキンス)を披露し、参加者たちと喜びを分かち合った。
この日は、米国の独立記念日(7月4日)にちなんだ同クラブの祝賀イベントがあり、バックマンさんが特別ゲストとして登場。さっそくグレッチのギターで60年代の懐かしいヒット曲「シェイキン・オール・オーバー」を感無量の様子で奏でた。その後は別のギターに代えたが、演奏が終わるまで自身のそばに置いていた。ライブの後半は日本で活動する米国出身のギタリスト、マーティ・フリードマンさん(59)と共演。「子どものころから憧れの存在だったランディのギターが、僕の住む日本で見つかるなんてまさに奇跡」と言い、「これを機にランディと日本のミュージシャン、市民との交流が深まってほしい」と話した。

このグレッチは、バックマンさんがロックバンド「The Guess Who(ゲス・フー)」時代の77年、カナダ・トロントのホテルで盗まれた。その後、ファンが木目の特徴などを手がかりにインターネットを駆使して探したところ、日本人ミュージシャン、TAKESHIさんが手にしていた映像を発見。東京都内の中古楽器店で2014年に購入したものだった。 在日カナダ大使館で1日、ギターの引き渡しが行われることになり、バックマンさんが来日。当日は、同じ職人が製作したギターをTAKESHIさんにプレゼントした。
現在、バックマンさんのグレッチをめぐる長編ドキュメンタリーの制作が進んでおり、東京アメリカンクラブの会員がフィルムプロデューサーとして関わっている。